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東京高等裁判所 平成元年(ラ)67号 決定

別紙抗告人目録(一)(二)及び相手方目録記載のとおり

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

事実

一  別紙抗告人目録(一)記載の抗告人ら(以下「原告ら」という)代理人は「原決定を取り消す。相手方らの本件申立てを却下する。申立費用は第一、二審とも相手方らの負担とする。」との裁判を求め、その理由として、別紙「抗告の理由」(一)ないし(三)記載のとおり主張し、

抗告人川崎市長代理人は「原決定を取り消す。相手方らの本件申立てを却下する。申立費用は第一、二審とも相手方らの負担とする。」との裁判を求め、その理由として、別紙「抗告の理由」(四)記載のとおり主張し、

相手方ら代理人は、別紙「意見書」(一)(二)記載のとおり主張した。

二  当裁判所の判断

1  本件文書提出命令に至る経過

本件記録によると、原告らはいずれも、公害健康被害の補償等に関する法律(以下「公健法」という)二条一項に定める第一種地域である、神奈川県川崎市川崎区または同市幸区に、自らまたはその被相続人らが、かつてまたは現在、居住または勤務し、公健法に定める指定疾病の認定を受けた者またはその相続人であり、一方、相手方らはいずれも、同市川崎区内に工場または事業場を有している者であること、原告らは相手方ら外二名(以下「被告ら」という)に対して、被告らが有しまたは設置管理する工場等及び道路から排出されるばい煙及び自動車の排気ガスにより生じた大気汚染によって、気管支喘息等の指定疾病に罹患したとして、大気汚染物質の排出差止め及び損害賠償の請求をしたところ、被告らは、原告らの主張する疾病罹患の事実、原告らの主張するばい煙及び排気ガスと疾病発症との間の因果関係、及び自らの過失をいずれも否認し、その請求を争っていること、そして、相手方らが、本件認定患者らの職歴、既往歴、家族歴、喫煙歴、併発傷病並びに公害健康被害認定申請時及び更新時の病状、経過、諸検査の結果、投薬、治療の内容等を明らかにすることにより、本件認定患者らの病状の実態、病因関係、特に喫煙、既往歴等大気汚染以外の他の要因が主たる病因となっている事実等を立証するため、本件認定患者らに関する、原決定別紙(四)記載の文書(以下「申立文書」という)について、その所持者である抗告人川崎市長に対して、文書提出命令の申立てをしたところ、原裁判所は、右申立文書のうち原決定別紙(一)記載の文書(以下「本件文書」という)について、抗告人川崎市長には、民訴法三一二条三号前段により文書提出義務があり、また文書提出の必要性も認められるとして、原決定をしたこと、以上の事実を認めることができる。

2  文書提出義務の存否について

ところで、民訴法三一二条三号前段にいう利益文書とは、直接または間接に、挙証者の法的地位や権利関係を明確にするため作成された文書を指称するところ、このうち、所持者または挙証者以外の者が専ら自己の利益のために作成した内部文書は除かれるものの、それ以外の文書であれば、挙証者の利益にのみ資する文書ばかりでなく、挙証者と文書所持者等との間の共通の利害に関係する文書をも包含するものと解するのが相当である。

これを本件文書についてみるに、本件記録によると、本件文書は、前記第一種地域を管轄する抗告人川崎市長が、公健法及び同法によって廃止された公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法並びに右各法律の付属法規に基づいて、本件認定患者らからの指定疾病の認定申請、及び認定の更新申請に関し、その認定または補償給付の支給等の処分をなす過程において、作成された文書であるところ、その記載内容は、本件認定患者らが、法定のいわゆる曝露要件を満たしたうえ、右地域における大気汚染の影響により指定疾病に罹患した者と認定しうるための事項、及び大気汚染の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償給付を支給する旨の処分をなしうるための事項であって、本件認定患者らまたは医療機関が作成したか、あるいはその協力があって抗告人川崎市長において作成した文書であることが認められる。

そうすると、本件文書は法的にその作成が義務づけられているうえ、本件文書の作成目的が、抗告人川崎市長が行政庁としてなす、前記各処分の適正さを担保するところにあって、その証拠資料という性格を有しており、しかも本件認定患者らや医療機関という第三者が作成ないし関与しているところからすると、単に行政機関内部においてその意思決定の形成過程において作成された純然たる内部文書と認めることはできないといわなければならない。

また、公健法による公害健康被害補償制度は、公害健康被害補償予防協会がばい煙発生施設等設置者から徴収した汚染負担量賦課金に基づいて、当該市等に納付する納付金をもって、認定患者らに補償給付を支給する費用に充てる仕組みになっており、その基本的な構造は、ばい煙発生施設等設置者である企業と患者とを対置してとらえ、企業の危険責任ないし報酬責任の理論を背景におき、企業の出捐を財源として、これにより認定患者の捐害を填補しようとするものであると考えられる。したがって、抗告人川崎市長が前記各処分をなす過程において作成された本件文書は、右のような関係に立つ双方に対し、健康被害とその損害填補のための出損とを関係づける合理的根拠となる具体的事項について、その認定の適性さを担保する実質を有する文書であるということができる。

そして、本件文書には、本件訴訟において重要な争点となっている、大気汚染の原因となった相手方らが排出したばい煙と本件認定患者らの指定疾病との間の因果関係の認定の資料となる、種々の記載が存することが明らかであるから、本件文書は、挙証者であり、かつ、ばい煙発生施設等設置者である相手方らと、原告らとの間の共通の利害(それ故、相手方らに不利益な事実も当然に含まれる)に関係する文書であるというべきである。

もっとも、文書の所持者が第三者である場合に、その者が証人として尋問を受けたときは、民訴法二八〇条、二八一条によって証言拒絶権を有しているのに、文書の提出を命ぜられた場合には、仮に当該文書に証言拒絶をなしうるような事項が記載されていても、その提出に応じなければ、同法三一八条により制裁が課せられるというのは、不合理であるから、文書の所持者である第三者は、同法二八〇条、二八一条を類推適用して、当該文書に右条項によって証言拒絶をなしうる事項が記載されている場合には、その文書の提出を拒みうるものというべきである。しかしながら、前記認定事実からすると、本件文書については、右のような証言拒絶をなしうる事項が記載されているとは認められない(なお、原裁判所が抗告人川崎市長に提出を命じたのは、相手方らが提出を求めた申出文書の一部である本件文書についてであり、しかも本件文書の中でも本件認定患者らのプライバシーに関する記載は除かれている)。また、本件文書を作成し、または作成に関与した、本件認定患者らや医療機関等との間に信頼関係が破壊されるというのみでは、前記証言拒絶に比肩しうる拒絶理由があるということもできない。

したがって、抗告人川崎市長は、民訴法三一二条三号前段により、本件文書の提出義務を負担しているものといわなければならない。

3  文書提出の必要性の有無について

民訴法三一四条一項の文書提出命令の決定には、文書所持者に対する提出義務存否の判断の外、一般の証拠採否の場合と同様に、立証の必要性に関する判断も含まれているものといえる(同法二五九条参照)。ところで、必要性を勘案してなされた証拠採否の決定に対しては、独立して不服の申立てをすることができず(同法四一〇条参照)、終局判決に対する上訴において上訴裁判所の判断を受けるべき事項であるから(同法三六二条)、同法三一五条により、文書提出命令に関する決定に対し、即時抗告をもって不服を申し立てることができるのは、文書提出義務の存否を不服の理由とする場合だけであり、必要性の有無は不服の理由とすることはできないものと解するのが相当であって、このことは、必要性がないとして申立てが却下された場合のみならず、必要性があるとして文書提出命令がなされた場合にも、等しく妥当するものといわなければならない。

したがって、本件文書を証拠として採用する必要性がないという抗告人らの主張は、採用することができない。

4  その外記録を精査しても、原決定に違法または不当の点を見出すことができない。

よって、本件抗告をいずれも失当として棄却することとし、抗告費用の負担について民訴法九五条本文、九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 枇杷田泰助 裁判官 喜多村治雄 松津節子)

〈以下省略〉

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